星環年別記事一覧

出典: OpenMarioWiki — 自由な創作百科事典

星環年別記事一覧

星環年別記事一覧は、星環暦の各年記事をまとめた索引である。Wikipediaの年記事のように、年単位で概要・できごと・前後の年を確認できるよう整備している。

十年紀の概観

十年単位の記事は以下を参照する。各年の詳細はこの節のリンク先から個別年記事へ進める。

星環800年以前

  • 星環73年 — 1件。余白日という概念が初めて記録された、暦と祝祭史上の基礎年である。
  • 星環318年 — 1件。旧港の記憶倉庫が成立し、薄明圏における記録保存制度の原型が作られた。
  • 星環512年 — 1件。低灯協定により、境界航路を横断する光の扱いに初めて共通規則が与えられた。
  • 星環666年 — 1件。沈黙の市が開かれ、のちの無音週間につながる静音文化が形成された。
  • 星環667年 — 1件。沈黙の市の翌年、静けさを守る慣習が旧港周辺から街へ広がった。
  • 星環668年 — 1件。静けさを保った日の記録を書き留める慣習が港町に広がった。
  • 星環669年 — 1件。灯守が点灯日誌に静けさの時間の記録を加えた。
  • 星環670年 — 1件。願いを刻んだ石文を港に奉納する慣習が伝わった。
  • 星環671年 — 1件。市場に掲示板が設けられ、口頭の頼みが書き留められた。
  • 星環672年 — 1件。宵の見回りが夜色の町に定着した。
  • 星環673年 — 1件。星環の観測記録に基づき暦の調整が行われた。
  • 星環674年 — 1件。記憶倉庫で貨物の分類法が見直された。
  • 星環675年 — 1件。低灯協定の枠内で灯台の定期点検が行われた。
  • 星環676年 — 1件。港から港へ頼みを口伝えする伝言航路の慣習が整った。
  • 星環677年 — 1件。紙を折って鳥を作る遊びが子どもたちに広まった。
  • 星環678年 — 1件。宵の鐘で時を知らせる試みが行われた。
  • 星環679年 — 1件。収穫の祭が静けさを守る慣習と重なって開かれた。
  • 星環680年 — 1件。役所に頼みを書き留める頼み帳が置かれた。
  • 星環681年 — 1件。窓の灯りを点滅させて返事を知らせる合図が低灯協定の枠内で定まった。
  • 星環682年 — 1件。旧港で船の修理と記憶倉庫の補修が行われた。
  • 星環683年 — 1件。掲示板に絵と文字を併用した伝達が試みられた。
  • 星環684年 — 1件。火を使わない区画の夜間見回りが始まった。
  • 星環685年 — 1件。一年の終わりを静けさのうちに過ごす慣習が広まった。
  • 星環686年 — 1件。記憶倉庫の棚卸しで古い記憶貨物の所在確認が行われた。
  • 星環687年 — 1件。灯台の灯守が世代交代した。
  • 星環688年 — 1件。石文を海に奉納する船乗りの慣習が伝わった。
  • 星環689年 — 1件。願いを書いた紙を川に流す遊びが広まった。
  • 星環690年 — 1件。深夜の静かな集会が開かれた。
  • 星環691年 — 1件。星環を観測する夜の祭が開かれた。
  • 星環692年 — 1件。港の日誌が写本され記憶倉庫に保存された。
  • 星環693年 — 1件。薄明の時間を測る水時計が灯台に置かれた。
  • 星環694年 — 1件。伝言航路の記録が島々で整えられた。
  • 星環695年 — 1件。市場の頼みの木に布を結ぶ慣習が広まった。
  • 星環696年 — 1件。無灯の路地の歩き方が夜色の町で語り継がれた。
  • 星環697年 — 1件。沈黙の市をしのぶ語りの祭が開かれた。
  • 星環698年 — 1件。頼み帳の書庫ができ、頼みの記録が十年分を数えた。
  • 星環699年 — 1件。灯台の点灯記録が百年を超えた。
  • 星環700年 — 1件。石文の解釈を巡る議論が港町で行われた。
  • 星環701年 — 1件。紙を折って飛ばす遊びが子どもたちに広まった。
  • 星環702年 — 1件。宵の消灯時刻が町で定められた。
  • 星環703年 — 1件。静けさを守る慣習が歳時記に書き留められた。
  • 星環704年 — 1件。書き留められた頼みの総目録が作られた。
  • 星環705年 — 1件。港の市場で初めて「静けさを保つ日」が取り決められた。
  • 星環706年 — 1件。港の商人たちが口頭の頼みで物資をやり取りする作法を整えた。
  • 星環707年 — 1件。北岸の灯守が余白日の記録を毎年まとめる帳面を始めた。
  • 星環708年 — 1件。宵闇に市場の灯りを揃える「宵の灯揃え」が始まった。
  • 星環709年 — 1件。記憶倉庫で最初の棚卸しが行われ、記憶貨物の分類見本帳が作られた(薄明圏アーカイブ_旧港記憶倉庫薄明圏アーカイブ_記憶貨物分類見本帳)。
  • 星環710年 — 1件。願いを石に刻んで橋の欄干に置く「石文」が港町に伝わった。
  • 星環711年 — 1件。低灯協定の枠内で、灯台間の口頭連絡の定時化が試みられた。
  • 星環712年 — 1件。港に最初の伝言板が設置され、伝達が口頭と板の二重になった。
  • 星環713年 — 1件。「静けさを守る月」の数え方を商人たちが話し合って揃えた。
  • 星環714年 — 1件。夜の見張りが灯りの数で知らせる合図を試みた。
  • 星環715年 — 1件。記憶倉庫に「置き去り記憶」の区分が新設され、分類の手引きが書き直された。
  • 星環716年 — 1件。紙を折って飛ばす遊びが子どもらの間で初めて記録された。
  • 星環717年 — 1件。灯守の日誌が統一の様式になり、点検記録の保存が始まった。
  • 星環718年 — 1件。口頭の頼みを届ける「伝え屋」の心得が港町に語り継がれ始めた。
  • 星環719年 — 1件。北岸の灯台群の間で「白い日」の休みの習慣が取り決められた。
  • 星環720年 — 1件。深夜の市場が静けさの慣習に合わせ、声の代わりに灯りで値段を示した。
  • 星環721年 — 1件。記憶貨物の劣化を防ぐ「保管の作法」が書き留められた。
  • 星環722年 — 1件。石文が橋から井戸の周りへ広がり、願いの置き場所の取り決めができた。
  • 星環723年 — 1件。低灯協定の枠内で、灯台の点検が年二回に定められた。
  • 星環724年 — 1件。港の伝言板が増え、読み書きを代わる「読み屋」が現れた。
  • 星環725年 — 1件。静けさを守る日の翌朝に「はじまりの挨拶」をする慣習が広がった。
  • 星環726年 — 1件。夜霧の時に灯りで合図を送る方法が、灯台の見張りから港へ伝えられた。
  • 星環727年 — 1件。記憶倉庫の開閉記録が帳面に残るようになり、棚卸しの基準が定まった。
  • 星環728年 — 1件。紙を折った鳥を糸でつるして飾る遊びが流行した。
  • 星環729年 — 1件。灯台間の口頭連絡の時刻が定まり、「声の道」と呼ばれた。
  • 星環730年 — 1件。港の朝市で「静けさを保つ日」の品の並べ方の慣習が定まった。
  • 星環731年 — 1件。年越しに灯りを一斉に揺らす祝いの合図が取り決められた。
  • 星環732年 — 1件。宵の灯揃えが港々に広がり、夜の景色が揃った。
  • 星環733年 — 1件。記憶倉庫の棚卸しで「行方不明の記憶」の一覧が初めて作られた。
  • 星環734年 — 1件。願いを書いた紙を水に流す「流し紙」の風習が伝わった。
  • 星環735年 — 1件。低灯協定の枠内で、霧の日の灯質の確認が灯守の義務として記録された。
  • 星環736年 — 1件。口頭の頼みが長距離を伝わるようになり、代弁者の役割が広がった。
  • 星環737年 — 1件。静けさを守る慣習が季節の祭りと重なる年の取り決めが生まれた。
  • 星環738年 — 1件。夜更けに灯りで合図を送る遊びが子どもらの間で広がった。
  • 星環739年 — 1件。記憶倉庫の分類見本帳が書き直され、新たな分類が加えられた。
  • 星環740年 — 1件。「紙に願いを書いて飛ばす遊び」が港町の子どもらの間で広がった。
  • 星環741年 — 1件。紙を折って飛ばす遊びが港町全体に広がり、飛ばした紙に願いが託される風習が生まれた。
  • 星環742年 — 1件。第一紙飛行機請願が受理され、紙飛行機市役所系の公共性神話が始まった(星環742年_第一紙飛行機請願)。
  • 星環743年 — 1件。第一紙飛行機請願の報告が周辺港町へ口述で伝えられ、請願の存在が徐々に認知され始めた。
  • 星環744年 — 1件。紙飛行機の折り方に「願いを書く面」と「日付を書く面」の区別が現れ、記録としての機能が形を帯び始めた。
  • 星環745年 — 1件。港町の子どもたちが紙飛行機に似せた鳥の形の折り紙を飛ばす習慣が見られ、飛行形態の多様化が始まった。
  • 星環746年 — 1件。紙飛行機の届け先を特定の場所に固定する試みが一部の港町で行われ、請願の制度化への萌芽が見られた。
  • 星環747年 — 1件。雨の日に紙飛行機が濡れて内容が読めなくなった事例が初めて記録され、素材と気候への関心が生まれた。
  • 星環748年 — 1件。紙飛行機に蝋引き加工を施す工夫が現れ、雨天時の請願伝達の可能性が模索された。
  • 星環749年 — 1件。灯台の明かりを目印に紙飛行機を飛ばす風習が一部の港町で発生し、灯台と市民伝達の結びつきが見え始めた。
  • 星環750年 — 1件。灯台間で紙飛行機による簡易な伝書が試みられたが成功せず、光と紙の伝達距離の限界が認識された。
  • 星環751年 — 1件。紙飛行機の折り方や紙質に地域差が生まれ始め、多様な形態が存在することが認識された。
  • 星環752年 — 1件。港の文書庫が紙飛行機請願の控えを保管し始め、請願の記録管理が始まった。
  • 星環753年 — 1件。紙飛行機以外の「飛ばない請願」として、地面に置く石文の記録が残された。
  • 星環754年 — 1件。請願を託す人と実際に書く人の分業が始まり、代理請願の概念が生まれた。
  • 星環755年 — 1件。紙飛行機請願が単なる遊びから地域の慣習として認知され始め、定期的な請願が行われるようになった。
  • 星環756年 — 1件。紙飛行機の軌跡を観察することで風向きを知る試みが行われ、紙飛行機が気象観測の道具としても使われ始めた。
  • 星環757年 — 1件。夜間に白い紙飛行機が見えないという気づきから、夜用の濃色紙が使われ始めた。
  • 星環758年 — 1件。届いた紙飛行機請願を内容別に分類する試みが一部の役所で行われ、受付業務の効率化が模索された。
  • 星環759年 — 1件。紙飛行機が届かなかった場合の「不達記録」が残され始め、請願の到達率への関心が生まれた。
  • 星環760年 — 1件。旧港の倉庫で紙飛行機請願の古い控えが一括して発見され、請願記録の歴史的価値が認識され始めた。
  • 星環761年 — 1件。灯台の灯守が紙飛行機の代わりに光の反射で信号を送る実験を行い、光を使った伝達手段への関心が高まった。
  • 星環762年 — 1件。灯台の光に色をつけて意味を持たせる試みが行われたが、低灯協定の精神に反するとして中止された。
  • 星環763年 — 1件。港町間での手紙のやりとりに紙飛行機から発展した「折り紙便」が登場し、新たな通信手段として注目された。
  • 星環764年 — 1件。余白日に限り紙飛行機請願の受理数が通常の三倍になる現象が記録され、余白日と請願文化の関係が注目された。
  • 星環765年 — 1件。請願の内容を記号だけで書く試みが行われ、後の記録略号の先駆けとなった。
  • 星環766年 — 1件。港の市場で「聞いた話」を商品として扱う最初の記録が残り、口述情報の取引が始まった。
  • 星環767年 — 1件。灯台の灯守が日誌に天候以外の情報を書き留め始め、灯台日誌の記録範囲が拡大した。
  • 星環768年 — 1件。船乗りが航海中に見た風景を言葉で書き留め港で読み聞かせる習慣が生まれ、口述航路記録の文化が芽生えた。
  • 星環769年 — 1件。港の待合所で読み捨てられた文書を集める者が現れ、放棄された記録の収集と保管の意識が生まれた。
  • 星環770年 — 1件。紙飛行機請願の100件目の受理が記録され、請願文化が一つの節目を迎えた。
  • 星環771年 — 1件。港の文書庫が紙飛行機請願の控えを年代順に整理し始め、請願記録の体系的な保存が始まった。
  • 星環772年 — 1件。夜間航行の増加に伴い灯台の灯りに「読める距離」と「見える距離」の違いがあることが注目され始めた。
  • 星環773年 — 1件。灯台間で「見えたもの」と「見えなかったもの」を伝え合う口頭の習慣が始まり、灯台間の情報共有が芽生えた。
  • 星環774年 — 1件。港口に掲示板が設置され、紙飛行機以外の伝達手段として掲示による情報共有が試みられた。
  • 星環775年 — 1件。夜行列車の構想に関係するとされる伝承が夜色世界の片隅で語られ始め、779年の前身列車伝承の遠い背景となった。
  • 星環776年 — 1件。灯台の古い日誌を読み返すことで過去の航路の安全時期を調べる試みが行われ、記録の歴史的活用が意識され始めた。
  • 星環777年 — 1件。港の老船乗りが口述で語る航路記憶を書き留める動きが始まり、口述航路記録の筆記化が進んだ。
  • 星環778年 — 1件。夜色世界の端で夜間にしか現れない線路の噂が広がり、翌779年の夜行列車前身列車伝承の直接的な前触れとなった。
  • 星環779年 — 1件。夜行列車図書館の前身列車が語られ、夜色世界の移動型図書文化が姿を見せた。
  • 星環780年 — 2件。前身列車の体験談が港町で口述記録として残され、伝承が複数の視点から語られ始めた。
  • 星環781年 — 2件。余白日の市で紙と火薬を使わない交換記録が試みられ、無形の記録を取引する文化の萌芽が見られた。
  • 星環782年 — 2件。灯守が視認できなかった船の影を点検簿に書き留め始め、「見えなかったもの」を記録する慣行の端緒となった。
  • 星環783年 — 2件。灯台の光が届かない海域の手書き地図が港の市場で流通し、非公式の海域情報が共有され始めた。
  • 星環784年 — 2件。前身列車に置き去りにされた本を港の待合所で読む集いが開かれ、移動型読書文化の初期形態が現れた。
  • 星環785年 — 2件。港内時と船内時を分けて記帳する試験が行われ、異なる時計の照合という課題が認識された。
  • 星環786年 — 2件。北岸灯台群の各灯台が点灯時刻のずれを記録し始め、灯台の個体差が航路安全に与える影響が注目された。
  • 星環787年 — 2件。旧港の記憶倉庫で内容減衰した記憶貨物の棚卸しが行われ、記憶の保存期限という概念が記録された。
  • 星環788年 — 2件。紙飛行機による連絡試験が実施され、紙飛行機が願いだけでなく情報を運ぶ手段として再解釈された。
  • 星環789年 — 2件。灯守たちが自主的に点灯記録を交換し始め、翌790年の低灯協定監査へ情報を提供した。
  • 星環790年 — 1件。低灯協定の後期監査により、見えなかった時間と地域暦を残す航路記録が試された。
  • 星環791年 — 1件。夜行列車と港湾時刻の照合が始まり、異なる時計を同じ年表で扱う方法が模索された。
  • 星環792年 — 1件。旧港の記憶倉庫と七灯以前の潮暦を照合する整理会が開かれた。
  • 星環793年 — 1件。港・灯台・鉄道の記録を交換する書記制度が試され、後の測量網の基礎となった。
  • 星環794年 — 1件。出航前の計画・連絡点・帰港確認を分けて記す運航書式が整えられた。
  • 星環795年 — 1件。境界航路の旧式灯標を再調査する測量が始まり、オルフェ号航海の前提記録が整えられた。
  • 星環796年 — 1件。出航・寄港・帰港を分けて記録する航路票が試行され、消息不明を保留として扱う手続が生まれた。
  • 星環797年 — 1件。オルフェ号の運航計画が通常便と区別して登録され、消失を追跡するための出航前記録が残された。
  • 星環798年 — 1件。オルフェ号最終航海の準備と連絡点の再確認が行われ、翌年の消失事件の直前期となった。
  • 星環799年 — 1件。オルフェ号の消失により、星環800年代の越境事件群へつながる「接続前夜」となった。

星環800年代

  • 星環800年オルフェ号消失後の連絡途絶を継続案件として登録し、地域暦併記の整理を試行した星環800年代の開始年である。
  • 星環801年 — 断片資料に出典札を付ける整理会が開かれ、複数世界の記録を仮索引へ置く方法が定着した年である。
  • 星環802年 — 資料の成立年・物語内の年・発見年を分ける仮目録が作成され、創作世界間の記録整理が進んだ年である。
  • 星環803年 — 記事構成と横断索引の試行が行われ、翌年から増える創作・大会・施設史を受け止める準備年となった。
  • 星環804年 — 3件。あわら雑誌文化、マリオクイズ大会、夜色世界の施設史が同時に動き出した年である。
  • 星環805年 — 5件。あわら系雑誌の拡張と、ダシウドニズムの組織化が並行して進んだ年である。
  • 星環806年 — 2件。あわらの記録媒体が増える一方、MarioPoliticsでは民族精神建設党の過激化が進んだ。
  • 星環807年 — 6件。ダシウドニズムの明文化と非合法化、夜色世界の月光水族館開館が重なった転換年である。
  • 星環808年 — 2件。初期あわら雑誌の休刊と、夜色世界での観測文化の深化が記録された年である。
  • 星環809年 — 空白を無理に埋めず、確定情報と後年の回想を分ける注記欄が整えられた移行年である。

星環810年代

  • 星環810年 — 5件。あわら系雑誌の再編と、科学派ダシウドニズムの提唱が起きた年である。
  • 星環811年 — 7件。三月革命と「十神」採択、知能王創設により政治思想とクイズ文化が強く動いた年である。
  • 星環812年 — 4件。第一次自由革命、AMERICA州王創設、紙飛行機市役所の窓口開設が並ぶ年である。
  • 星環813年 — 3件。「十国」採択とOMEGA創設により、政治分類と大会史の双方が更新された年である。
  • 星環814年 — 3件。HRLR創設と右派団結成が記録され、近現代マリオ史直前の緊張が高まった年である。
  • 星環815年 — 4件。週刊ネットニュース発足を軸に、近現代マリオ運動と統合的記録文化が始動した特異点である。
  • 星環816年 — 2件。第一次福岡戦争が勃発し、近現代マリオ史が本格的な抗争期へ入った年である。
  • 星環817年 — 4件。KURUの個人チャンネル開始、OMEGAの会場変更、第二次自由革命が記録された年である。
  • 星環818年 — 4件。KURUの転向により第一次福岡戦争が終結し、週刊ネットニュースはつるっぺっじ撲滅集団へ改名した。
  • 星環819年 — 3件。第二次福岡戦争が勃発し、近現代マリオ史の長期抗争が始まった年である。

星環820年代

  • 星環820年 — 4件。あわらが国民的マリオとして頂点に達し、第二次福岡戦争が継続した年である。

  • 星環821年 — 7件。第二次福岡戦争終結とダシウドニズム15大原則の採択が重なった整理と再定義の年である。

  • 星環822年 — 8件。IMAPON設立、マリオカノン再編、あわら新聞休刊など、複数世界の体制転換が集中した年である。

  • 星環823年 — 5件。穏健ダシウドニズム、拡張カノン期、夜色世界と尾崎継承世界の新記録が並ぶ年である。

  • 星環824年 — 8件。夜色世界と尾崎継承世界の施設整備に加え、交差創作記録の整理が始まった年である。

  • 星環825年 — 3件。夜色世界と藤井風世界の新施設に加え、OpenMarioWikiシステムアップデートが行われた年である。

  • 星環826年 — 3件。藤井風世界と夜色世界の施設史が進み、接続会議前夜の観測密度が上がった年である。

  • 星環827年 — 6件。星環827年接続会議が発生し、統一世界政府と全接続世界の政治秩序が大きく変動した年である。

  • 星環828年 — 境界復興庁発足と余白日接続線により、接続会議後の民間復興が始まった年である。

  • 星環829年 — 文化主権院の白書と灯台郵便局の出現により、余白保全が制度化された年である。

  • 星環830年 — 超古代土管環ネットワーク再調査と白紙ワールドマップ仮説により、前史と新設定が結ばれた年である。

  • 星環831年 — ルメナシア公開監査により、記憶コインと復興行政の証拠性が再定義された年である。

  • 星環832年 — 七灯碑文が正式目録化され、五年復興計画が次期段階へ移行した年である。

  • 星環833年 — 七灯教育改革により、接続会議後の記録が次世代教育へ移された年である。

  • 星環834年 — 白紙帯学校遠足により、未記載領域を征服ではなく学習対象とする方針が定着した年である。

  • 星環835年 — 境界郵便博覧会により、遅れて届く権利と灯台郵便局の共同管理が市民文化へ広がった年である。

  • 星環836年 — 記憶コイン公開市場により、記憶の鑑定・返却・保管が公共的に扱われた年である。

  • 星環837年 — 超古代資料整理令により、前史資料の分類と保留余白の扱いが明確化された年である。

  • 星環838年 — マリオカノン帰還祭により、冒険後に記憶を返す文化が定着した年である。

  • 星環839年 — OpenMarioBook統合展と五百記事記録式典により、500記事到達が記録文化の節目となった年である。

星環840年代

星環850年代

星環880年代

  • 星環880年OpenMarioBook登場人物一覧が統合索引へ編み直され、人物・分身・継承者の記事が元資料へ戻る入口として接続された年である。
  • 星環881年 — 統合索引を地域の読会へ戻し、固有名・通称・役職名を分けて記す運用が始まった年である。
  • 星環882年 — 世界間教育交換で、原文・翻訳・未翻訳と、語らない権利を同時に扱う規程が試行された年である。
  • 星環883年 — 港湾と境界航路の公開点検が進み、未確認区間を空白として保全する方針が定着した年である。
  • 星環884年 — 記憶資料の返還・共同保管・保留を分ける審査手続が整った年である。
  • 星環885年 — 記録継承式で成果と保留を同じ台帳へ引き継ぎ、復興を完了と断定しない編集方針を残した年である。
  • 星環886年 — 記録継承式の台帳を地域ごとの版と突き合わせる回覧が始まり、相違を併記する運用が試行された年である。
  • 星環887年引継ぎ台帳に「保留の理由」欄が設けられ、未確認の事項を理由とともに残す書式が整った年である。
  • 星環888年 — 余白日の数え方の地域差が確認され、統一せず複数の数え方を併記する方針が採られた年である。
  • 星環889年 — 未確認区間を空白のまま保全する点検が定期行事となり、空白区間の位置を年表へ併記する書式が試された年である。

星環890年代

  • 星環890年 — 星環790年の低灯協定後期監査に倣う後期監査が薄明後期の記録制度を対象に初めて行われ、保留の質が評価対象となった年である。
  • 星環891年 — 紙飛行機請願の記録が通算番号へ整理され、未達の請願も番号を欠番として残す運用が採られた年である。
  • 星環892年 — 世界間教育交換局が帰還後の作文を書かない選択肢を含む授業を試行し、語らないことも選択として記録されるようになった年である。
  • 星環893年 — 反響税関が記憶貨物の長期保留棚を設け、開示時期が未定のままの保管が正式な区分として制度化された年である。
  • 星環894年 — 境界航路の最終測量計画案が提出され、未確認区間を残したままの航路図を完成図とするか否かが論議を呼んだ年である。
  • 星環895年 — 記録継承式から十年を前に、式典の再開催ではなく十年分の保留の総点検を行う準備会が開かれた年である。
  • 星環896年 — 星屑切手市の宛先のない窓口が季節常設へ拡張され、返送不能の手紙を処分しない原則が郵便文化の一部として市民に認知された年である。
  • 星環897年 — 夢を翻訳せずそのまま残す「翻訳しない記録」が試行され、夢を言語化しないまま保存する文化が夜色世界の記録方法の一部として認められた年である。
  • 星環898年 — 薄明後期の総括を完了として確定しない編集方針が文書化され、異論を併記したまま保留された年である。
  • 星環899年 — 薄明後期の最終年。確認済みの出来事と保留された問いを一つの目録へ引き継ぐ保留総目録が編まれ、星環900年以降の明環期へ記録が託された年である。

星環900年代(明環期)

  • 星環900年 — 薄明後期の直後、明環期の境界の年。星の輪が再び明るく観測され始めた時代の入り口にあたり、救世主が現れたとする伝承がある(説)。
  • 星環901年 — 明環期の最初の年。星屑切手市の宛先のない窓口が、返すべき灯を明環期の記録者へ引き継ぎ、保留された問いが新しい輪の下で保たれ始めた年である。
  • 星環902年 — 救世主が風へ預けた問いが、風待ちの問い蔵の棚に置かれ始める(説)。
  • 星環903年 — 星屑切手市の窓口と風待ちの問い蔵が結ばれ、問いの引き継ぎの道が定着する(説)。
  • 星環904年 — 答えが出ずに保たれる問いの目録が、明環期独自の保留として整えられる(説)。
  • 星環905年 — 星の輪の再観測が明確になり、未詳の領域が「答えが出る前」として広がる(説)。
  • 星環906年 — 宛先のない窓口が、返すべき灯を答えへ返さず風へ預ける作法を確かめる(説)。
  • 星環907年 — 風で届いた問いが、風待ちの問い蔵の棚にひとつずつ並び始める(説)。
  • 星環908年 — 棚に並んだ問いを救世主が引き取り、風へ預ける道が結ばれる(説)。
  • 星環909年 — 問いを保つ作法が、ひとつの目録として整えられ始める(説)。

星環910年代

  • 星環910年代 — 明環期の星環910年代。問いを保つ作法が目録として定着し、より広い慣習として各地に広がる「答えないまま続く」十年。
  • 星環910年 — 問いを保つ作法が目録として定着し、星環910年代が始まる(説)。
  • 星環911年 — 星屑切手市の宛先のない窓口に、返すべき灯を待つ問いが増え始める(説)。
  • 星環912年 — 風待ちの問い蔵の棚が、風で届いた問いで一段ずつ満ちていく(説)。
  • 星環913年 — 棚に満ちた問いを救世主が風へ預ける道が、より深く語られる(説)。
  • 星環914年 — 問いを保つ作法が、より広い慣習として各地に広がる(説)。
  • 星環915年 — 問いを保つ慣習が定着し、当時の目録では先の記録を未詳とした(説)。
  • 星環916年 — 未詳注記の直後の年として、後年の記録者が断片を拾い始める(説)。
  • 星環917年 — 風待ちの問い蔵の棚卸し。満ちた棚の番号を欠番のまま残す(説)。
  • 星環918年 — 問いを保つ慣習が港の歳時記に載る(説)。
  • 星環919年 — 910年代の締め。次の十年を開かない余白として保全する(説)。

星環920年代

  • 星環920年 — 対になる記録を同じ棚に置かない試行が始まる(説)。
  • 星環921年 — 潮位と灯りの反射を別帳面に書く(説)。
  • 星環922年 — 共同記録館が対になる記録の仮見出しを設ける(説)。
  • 星環923年 — 鏡面に映った街灯を標本にしない展示(説)。
  • 星環924年 — 群島方面の潮待ち記録が断片として届く(説)。
  • 星環925年 — 祭の再開催ではなく問いの巡回だけを行う(説)。
  • 星環926年 — 同時観測を一つの表にまとめない方針が確認される(説)。
  • 星環927年 — 未承認の都市名を年記事に書かない規則(説)。
  • 星環928年 — 島影と鏡像を取り違えた記録を保留票へ移す(説)。
  • 星環929年 — 鏡像都市の申請を受理したとする後年の注記。確定は翌年(説)。

星環930年代

星環940年代

星環950年代

星環960年代

星環970年代

星環980年代

  • 星環980年_第一回問いの市 — 星屑切手市で第一回問いの市が開催され、答えを伴わない問い札のやり取りが始まった。
  • 星環981年 — 第二回問いの市。問い札の運用が定まる(説)。
  • 星環982年 — 届かなかった問い札が、帳票に欠番のまま残される(説)。
  • 星環983年 — 群島大学で「問いを保つ作法」の講義が加えられる(説)。
  • 星環984年 — 風待ちの問い蔵と問いの市が結ばれ、引き継ぎの道が結ばれる(説)。
  • 星環985年_問いの対の実験 — 相反する二つの問いをペアとして保管する「問いの対」が試行された。
  • 星環986年_問いの市の特別監査 — 文化主権院による問いの市の特別監査が行われ、自律的な保全姿勢が評価された。
  • 星環987年_問いの目録の編纂 — 蓄積された問い札を体系的に整理した最初の『問いの目録』が刊行された。
  • 星環988年 — 風待ちの問い蔵の棚が満ち、棚卸しが番号を欠番のまま残す(説)。
  • 星環989年 — この十年分の問い札が解かれず、990年代へ繰り越される(説)。年代の締め。

星環990年代

  • 星環990年 — 星環990年代の最初の年。第十回問いの市が開催される(説)。
  • 星環991年 — 保たれてきた問いが、名前を持たない人物に引き取られる(説)。
  • 星環992年 — 問いを引き取った人物に、名が与えられる(説)。
  • 星環993年 — 名を与えられた問いの引き手が港へ帰り、引き継ぎの道が完了する(説)。
  • 星環994年_名付け運用の広がり — 名を与えられた問いが各世界の記録所や街角へ定着・波及した。
  • 星環995年_目録改訂と名付け区分 — 『問いの目録』が改訂され、「名記部」と「無名部」の二部構成で併記された。
  • 星環996年_風待ち蔵と目録の結び — 実物の問い札と目録番号の刻印・照合を行う結び作業が完了した。
  • 星環997年_引き継ぎの再確認 — 全接続世界の記録者が集まり、問いと保留をそのまま次世紀へ引き継ぐ方針を再確認した。
  • 星環998年_世紀末の記録点検 — 千年紀末の総棚卸しと傷んだ台帳・問い札の修復作業が一斉に実施された。
  • 星環999年 — 『問いの総目録』が編まれ、この世紀の問いが次の世紀へ託される(説)。星環900年代の最終年。1000年以降は未詳。

薄明前期・薄明後期の記録細目

薄明前期(星環700年〜799年)と薄明後期(星環800年〜899年)の記録文化を扱う記事群。両時代の接続は薄明前期と薄明後期の接続、前期の慣習から制度への対応は薄明前期_制度系譜表に整理した。

関連項目

補完記録

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関連する記録

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