月光水族館
月に一度、満月の夜だけ開館する水族館がある。
展示されているのは魚ではなく、誰かが眠る前に見た夢の断片だ。 青白い水槽の中で、白い列車が泳ぎ、 古い校舎の廊下をクラゲみたいな記憶が漂っている。
学芸員は懐中時計を持っていて、 「観覧時間は、目を閉じていられるぶんだけです」と説明する。
ぼくは「昔の夏休み」の水槽の前で足を止めた。 スイカの匂い、扇風機の音、夕立の気配。 水面に触れた指先だけ、少しだけ子どもに戻る。
出口には、小さな売店があった。 売っているのはポストカードではなく、 今夜見たい夢を一行で予約する紙。
ぼくはこう書く。
もう一度、安心して眠れる夢を。
予約された夢は、次の満月まで静かに眠り、閉館の頃に水槽の中で完成して、だれかの夜へ届けられる。ぼくの一行もまた、来月のどこかの水槽で見られるだろう。
記録
- 予約紙の一行が長すぎるときは、売店の人が半分に折ってくれる。
- 水草は触れないが、名前を呼ぶとほんの少し揺れる。
- 夢の水槽の水は、開館中に一度も入れ替えられない。
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