自由国のその後
自由国のその後
自由国のその後は、自由国が国としての形を失った後、その理念がどのように生き残ったかをめぐる記録である。自由国は無環期末から初環期にかけて、王座に光を集めず、七灯に割り振らず、「光を誰にも固定しない」ことを国是とした新国家として語られる(説)。その実在も、後の生き残りも、確定された史料によって裏付けられたものではない。本記事の記述は原則として説の扱いで併記する。
国が形を失う
自由国は、自由を徹底するあまり国としての統治の中心を持たなかった(自由国#統治のあり方)。そのため、自由国が「終わった」というより、ある時点を境に「国と呼べるまとまりが目に見えなくなった」と語られる。
この変化は、次に挙げるような現象として伝えられる(説)。
- 名簿が消えた — 誰が国民かを記した一覧は初めから作られていなかったため、国がなくなっても「国民が消えた」記録は残らない。
- 国境が元々なかった — 囲われた土地がなかったため、領土の放棄や分割といった形で終わることはなかった。
- 座が空のまま — 王座も代表の座も持たなかった自由国は、空の座を残したまま、光を携えた者たちがそれぞれの土地へ散っていった。
分散して生き残る理念
自由国は、ひとつの国として残る道を選ばず、その理念を「小さな慣習」の形へ分けて持ち帰られたとする説が有力である。光を固定しない、帰属を定めない、名簿を作らないという三つの約束は、各地で以下のような形を取ったとされる。
- 開かれた祭礼 — 初環期の祭礼に、参加者が自由に来て自由に帰り、名簿を作らない形式が残る。
- 空の座 — 誰も座らない座を設ける空の座祭礼の一部に、自由国の影響をみる説がある。
- 「帰らなくてもよい」の約束 — 港や路傍の言葉に、去る者を引き留めない慣習として残る。
これらの慣習は、自由国という国名を残さず、国としての記憶だけを残して、時代を越えて受け継がれた。
低灯期以降の痕跡
自由国の理念が、低灯期(星環400年〜699年)以降にどのように形を変えて残ったかについては、複数の説が併記される。
- 灯台の光を測る単位 — 光を「誰のものでもない」と扱う考え方は、のちにルクスの起源で語られる、光を測る言葉としてのルクスへ通じるという見方がある(説)。
- 記憶貨物の管理 — 誰にでも属さない光の考え方は、薄明圏アーカイブ_記憶貨物規格の「荷主を特定しない貨物」の扱いに影響を与えたという見方がある(説)。
- 余白日の交換 — どの暦にも属さない余白日で、失敗した会話や届かなかった手紙が交換された慣習は、「誰のものでもない日」に自由国の記憶を重ねる見方がある(説)。
いずれも、自由国が実際にあったことの確証にはならないが、国としての自由国が消えた後も、「光を誰にも固定しない」という言葉だけが、別の名前を借りて生き延びたことを示す手がかりとされる。
現代的マリオとの接続(説)
さらに後の時代、星環800年代以降に活動した現代的マリオたちの中に、自由国の理念を引き継いだ者がいるという見方がある(説)。特に、組織に属さず、空白と余白の記録を見て回ったあわらの旅路は、「誰のものでもない記録」を扱った点で、自由国の「光は誰のものでもない」という国是と通じるものがあるとされる。
この接続は、自由国(無環期末〜初環期)と現代的マリオ(星環800年代)の間に、低灯期・薄明期という長い時間の隔たりがあるため、直接の継承関係として確定することはできない。そのため、現代的マリオの起源の一つの説として併記される。
創作上の位置づけ
自由国の後は、自由国を描く際に、国が消えても理念が残ることを描くための続篇として用いられる。創作では、自由国が「形を失うこと」を失敗とせず、理念が小さな慣習の形で生き延びることを主題にする描き方が推奨される。どこで自由国が終わったのか、あるいは終わらなかったのかを確定せず、複数の説を併記することが、この世界観の慣習に沿う。
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