星屑印刷工房_夜の注文帳
星屑印刷工房_夜の注文帳
星屑印刷工房のカウンターには、 一冊の注文帳が置かれている。 表紙はない。ページ数もない。 夜が開くたびに、次のページから始まる。
注文の種類
注文帳に記されるのは、言葉を印刷してほしい、という依頼だけではない。
- 言葉の注文 — 「あの気持ちに、名前をつけてほしい」といういちばん多い依頼。
- 無言の注文 — 名前がなく、ただ宛先だけが書かれている依頼。
- 後払いの注文 — 依頼主が、自分でも気持ちの正体を知らないまま書いた依頼。支払いは、気持ちが言葉になったときに。
無言の注文と後払いの注文は、どちらも欄が空のまま書かれている。 注文帳は、文字の少ないページほど重くなる、と言われている。
注文の書き方
注文は、筆記具では書かれない。 おばあさんの前で、注文の話を夜の間にひととおりすると、 注文帳の頁に勝手に文字が浮かんでくる。
- 早口で話すと、文字は小さくなる。
- 思い出すのに時間がかかると、文字は薄くなる。
- 話の途中で笑うと、行間が広くなる。
書かれた文字は、印刷の前に消えてはいけない。 消えると、その注文は「言い損ね」として 巻末の白い頁に並べられる。
果たせない注文
注文帳には、どうしても刷れない注文も届く。
- 誰かの気持ちを、他人の言葉に変えてほしい、という注文。
- 忘れたい気持ちを、忘れるための言葉にしてほしい、という注文。
これらの注文は、おばあさんが小さな点をひとつ打って 注文帳の中に残す。
点のまま残しておくのが、いちばん誠実な刷り方なのよ。 いつか、その気持ちが違う名前を欲しがったときのために。
明け方
明け方になると、注文帳は静かに頁を閉じる。 夜の間に刷られた言葉は、朝には誰のものかわからなくなる。 持ち主だけが、ポケットの中の小さなカードで 自分に届いたことを知る。
注文帳は、今日も夜を待って カウンターの上で眠っている。
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