星屑印刷工房_インクの調合
星屑印刷工房_インクの調合
星屑印刷工房では、 インクの代わりに星屑を使う。 だが、星屑はそのままではインクにならない。
おばあさんは言う。
星屑は粉よ。粉に、声を足して初めて インクになるの。
材料
インクに混ざるのは、三つのものだけ。
- 星屑 — 月の終わりに星屑切手市で買い集めた光。値段は、最近見た夢の鮮明さで決まる。
- 名前のない水 — 夜のうちに汲んだ水。汲んだ人が、その夜の夢を覚えている間は使えない。
- 忘れられた音 — 誰かが忘れた音。忘れた人が思い出してしまうと、インクは薄くなる。
調合の手順
調合に決まった分量はない。 おばあさんは、すり鉢の縁を一周ずつ回しながら 声に出して、その日一日を数える。
- 朝の挨拶をした回数だけ、星屑をひとつまみ。
- 困った人を見かけた回数だけ、水をひとしずく。
- 思い出した歌の回数だけ、音をひとふさ。
足し算ではなく、その日の「あり方」が分量になる。 だから同じ色のインクは、この世に二度とできない。
調合の約束
- インクは寝かせる。作った夜のうちに使ってはならない。
- 空が曇っている夜は調合しない。光の品質が落ちるため。
- 涙で薄めない。涙は言葉に近いから、文字の前で溶けてしまう。
できあがり
できあがったインクは、瓶の底でゆっくりと光る。 青白い瓶は未来の自分へ、金色の瓶はまだ会っていない人へ。 光の色は、その瓶が刷る気持ちの向きを教えている。
おばあさんは瓶を棚に並べ、ラベルを貼らずに言う。
ラベルは、刷り上がってから考えればいいのよ。 気持ちの名前は、いつも後からつくものだから。
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