星屑印刷工房_工房のおばあさん
星屑印刷工房_工房のおばあさん
星屑印刷工房のおばあさんは、 何歳なのか、誰も知らない。 本人も、知らない。
年を数えるのをやめたのは、 年輪が自分の中に増えていくのを 見つけるのがこわかったからよ。
ひと
おばあさんは、夜の間にだけ工房にいる。 昼の町では、誰も彼女を見かけない。 見かけても、翌日には覚えていない。
彼女の手は、いつも星屑の粉でうっすらと光っている。 印刷の仕事をしていない夜でも、その光は消えない。 光の色は、その日扱った気持ちの色だと言われている。
ことば
おばあさんの口癖は、いくつか知られている。
- 「名前がつくと、気持ちは少しだけ扱いやすくなるのよ。」
- 「急いで言葉にした気持ちほど、あとで静かになる。」
- 「インクは混ぜるんじゃない。頼むのよ。」
頼む、という言葉だけは、 工房の誰にも上手くまねできない。
仕事
おばあさんは、印刷された見本帳を自分では読まない。 ページをめくることはあっても、文字を追うことはない。
読んじゃうとね、私の言葉が混ざってしまうでしょう。 刷り上がった気持ちは、持ち主のものなんだから。
彼女が最後に自分のために印刷をしたのは いつのことだったのか、それもまた、誰も知らない。
伝説
満月の夜に工房へ来た客は、 おばあさんの影が、ひとつではなくふたつあるのを見たという。 ひとつは店の灯りに、もうひとつは空の灯りに映っていた、と。
おばあさんはその話を聞くと、少しだけ笑って インクの粉を棚に戻す。
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