第六次福岡戦争開戦布告

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第六次福岡戦争開戦布告

第六次福岡戦争開戦布告(だいろくじふくおかせんそうかいせんふこく)は、星環848年秋、不能危機の対峙のさなに福岡戦争史連続研究会(急進派)が単独で発表した布告文である。金武州政府と金澤自治区のいずれにも拒否され、共同記録館に未受理のまま保管されている。布告された戦争が始まらなかったことから、「始まらなかった戦争の布告」として知られる。

成立

布告は、金澤自治区地下回廊での移送班の対峙が数日続いた時点で、急進派の手によって作成・発表された。第五次福岡戦争呼称派の三団体による金澤の闘第五次呼称に関する共同声明(星環843年)が三団体の共同署名だったのに対し、本布告は単独発表である。金澤統合再建会議と境界憲章否定派協議会は、発表の前に諮られていなかった。

本文(抄)

金澤の闘は第五次に非ず。呼称は史実を変えられずとも、史実は呼称を要求する。 第五次は既に終わった。環京の保管庫は開かれ、協定は結ばれ、自治区は作られた。されど戦争は終わっていない。眠れる記録が接収不能のまま自治区の地下に沈殿するかぎり、福岡戦争はその内面を完結しない。 よって我らは、ここに第六次福岡戦争の開戦を布告する。戦端は地下回廊に開かれた。残余の接収をもって、二十年戦争の最終章が始まる。

文体は党派紙の論説を模したもので、共同声明(約800字)より長く、軍事的な語彙を含む点で急進的である。

拒否と未受理

布告は発表からまもなく、すべての当事者から拒否された。

主体態度
金武州政府「戦争ではない」と即座に拒否。移送班との関係も否定
金澤自治区戦闘の意思を記録せず。戦争の受理を名指して拒否
[[統一世界政府_境界復興庁境界復興庁]]
共同記録館不能覚書に基づき、布告を未受理の資料として保管

共同記録館は、戦争を登録するには交戦意思の相互承認が欠けていることを理由に挙げた。布告は「第六次福岡戦争(未受理)」のラベルを付けられ、逆光目録室の未受理棚に収められた。

余生

未受理の布告は、危機の後に写しを求める収集家が現れるなど、珍資料としての余生を得た。近現代マリオ史_史料批判と複数説では、「布告は戦争を作れるか」という教材の代表例として扱われる。正典の扱いは近現代マリオ史_戦後の名称論争の一事例であり、本文中の「接収不能」という語が金澤の闇残余とカービィ族の吸収不能記録の術語を逆手に取ったものであることから、不能危機の呼称の定着にも影響した。

関連項目

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関連する記録

不能危機星環848年秋、金澤自治区地下回廊の闇残余の接収をめぐって第六次福岡戦争の開戦布告まで至り、三つの不能によって戦争が始まらなかった危機。接収不能・吸収不能・受理不能の構造は、呼称による戦争の先払いを退けた。金澤の闘第五次呼称に関する共同声明星環843年に第五次福岡戦争呼称派の三団体が発表した声明。金澤の闘を第五次福岡戦争と呼ぶことを公式に求めた文書。MarioPolitics / OpenMarioBook世界不能覚書星環848年冬、不能危機を収束させた四者覚書。吸収不能記録を接収・移送・目録化の対象外とし、開戦布告を受理しないこと、戦争の呼称を事前に名付けないことを取り決めた。金澤の闘星環834年から星環836年にかけて発生した、金武州の古都・金澤をめぐる大規模紛争。金澤の闇の公的確認とダイアモンドIの結成を機に勃発し、金澤の闇回復協定と金澤自治区の設立で終結した。境界憲章体制下で「未詳の保全」と「記録の返還」を両立させた最初の紛争。金澤の闘戦没者名簿問題金澤の闘の戦没者を誰とするかをめぐる論争。名称を戦争とするか闘とするかで定義が変わる。OpenMarioBook世界 / 金武州第五次福岡戦争記念碑建設計画第五次福岡戦争呼称派が環京市に計画した記念碑。金澤の闘を第五次福岡戦争と呼称する動きの象徴。MarioPolitics / 金武州

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