朝靄駅
朝靄駅
朝靄駅は、遠景市に入る列車が最初に停まる終着駅である。ただしホームの表示板には到着時刻ではなく、その列車が町を「どれくらい思い出しているか」が記される。乗客は改札を出る前に、窓に映った自分の顔を一度だけ見送るのが慣例である。
駅の構造
駅舎は三つのホームと一つの待合室から成る。第三ホームは霧が濃い朝にしか現れず、そこから来る列車の行き先は切符に印字されない。駅員は行き先を尋ねず、乗客が持つ傘の乾き具合だけを確認する。
- 第一ホーム — 市外からの定期列車
- 第二ホーム — 回送バスへの乗換口
- 第三ホーム — 迷った記憶を運ぶ臨時列車
到着の作法
構内放送の「足元にお気をつけください」は、段差ではなく、前日に置き忘れた感情を踏まないための注意である。急いでいる旅行者には、駅前の赤傘修理工房が短い道順を傘の内側へ書き込んでくれる。
関連項目
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関連する記録
かすみ舟便かすみ舟便は、反転運河を往復する小さな舟の配達便である。運ぶのは箱や手紙だけではない。船頭は岸の会話、濡れた靴音、渡れなかった橋の景色を布袋に入れ、必要な対岸へ届ける。最後の回送バス最後の回送バスは、終電のあとに一度だけ走る「乗客を乗せない」バスである。車内には空席ではなく、昼間に間に合わなかった景色が座っている。運転手は停留所ごとにドアを開け、景色が降りるのを待つ。小夜見渡船場小夜見渡船場は、夜にしか看板が読めない反転運河の渡船場である。待合所の壁には窓がなく、代わりに水面の反射が小さな時刻表を作る。旅人は出発時刻を尋ねず、どのくらい待てるかを船頭へ伝える。線路脇天文台線路脇天文台は、朝靄駅へ入る線路の脇に建つ小さな観測所である。ここで観測されるのは星ではなく、車窓から見えたはずのない光である。所員は列車の窓に残る指紋を数え、光がどの方向から現れたかを星図へ書き込む。透明交差点透明交差点は、信号機も横断歩道も見えない四差路である。道を渡ろうとする人が互いの気配を認めたときだけ、足元に薄い線が現れる。線は急ぐ人ほど短く、立ち止まる人ほど遠くまで伸びる。眠らない温室眠らない温室は、夜になるほど葉が明るくなる植物を育てる市営温室である。植物は眠らない代わりに、来館者が眠れなかった理由を葉脈へ写し取る。翌朝には理由が薄い緑の模様となり、園芸係が静かに剪定する。
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