月光水族館の深海展示室
月の満ち欠けに同期して水圧が変化する特殊水槽の記録。
展示室の概要
月光水族館は、月に一度、満月の夜だけ開館する水族館である。展示されているのは魚ではなく、誰かが眠る前に見た夢の断片で、青白い水槽の中で白い列車が泳ぎ、古い校舎の廊下をクラゲみたいな記憶が漂っている。
深海展示室は、その水族館の最奥に設けられた特殊水槽の展示室である。水槽の水圧は月の満ち欠けに同期して変化し、月が満ちるほど水圧は高く、夢の断片は深い層へ沈む。観覧時間は、目を閉じていられるぶんだけとされている。
深海展示室の特徴
水圧と月齢
水槽の水圧は、新月の夜に最も低く、満月の夜に最も高い。深海展示室の夢は、水圧の高い夜ほど細部まで沈み、薄い膜のように光を透かす。学芸員はこれを「夢が深く眠っている状態」と呼ぶ。
展示の入れ替え
展示は開館ごとに入れ替わる。深海展示室には、浅い水槽で完成に近づいた夢が運び込まれ、次の満月まで静かに眠る。予約された夢は、閉館の頃に水槽の中で完成して、だれかの夜へ届けられる。
観覧の作法
- 展示室の水槽には触れないが、名前を呼ぶとほんの少し揺れる。
- 水槽の水は、開館中に一度も入れ替えられない。
- 観覧は目を閉じていられるぶんだけ。目を開けると、その水槽の夢は別の夜へ戻る。
収蔵されている夢(抜粋)
忘れられた約束
満月の夜に沈む夢。水圧が高い日は、約束の相手の顔がはっきり見えるが、約束の内容は読めない。
古い校舎の廊下
最も古い展示の一つ。廊下を漂う記憶は、見る人によって教科書の背表紙だったり、下駄箱の匂いだったりする。忘れ物の天文台では、この夢と似た形の星座が観測されている。
言えなかった返事
深海展示室にだけ沈む、返事のない夢。水圧が高くなるほど、返事の言葉が鮮明になるが、届け先は誰も知らない。
予約と帰り道
出口の売店では、今夜見たい夢を一行で予約する紙が売られている。予約紙の一行が長すぎるときは、売店の人が半分に折ってくれる。予約された夢は次の満月まで静かに眠り、完成してから、だれかの夜へ届けられる。
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