匿名ギタリスト協会の会報第42号
匿名性を厳守する音楽家たちの秘密会合の記録。
会報の体裁
匿名ギタリスト協会は、顔ではなく癖でメンバーを識別する団体である。いまは名前も失われた路上の合奏が始まりとされ、本人確認の代わりに爪の削れ方を確認する。会報は紙ではなく、手渡しの音で届く。
本稿は、その会報第42号の転写である。会報は音で届くため、紙の記録としては残らない。本稿は、聴いた者が書き留めた音を、協会の記録係が文字へ起こしたものである。
第42号の内容
特集: 登録名の変遷
第42号の特集は、登録名がどのように変わるかを扱った。登録名は第三者の観察にもとづいて決まるため、メンバーの癖が変わると名前も変わる。
- 「4拍目だけ強く弾く人」は、三年を経て「4拍目とその次の休符を大切にする人」に改名された。
- 「サビで急に音量を下げる人」は、一年間同じ名前を保った記録が残っている。
- 「コードFを弾くと笑ってしまう人」は、笑わなくなった日から登録名を失い、新しい名前がつくまでの間、一時的に無名のまま活動した。
協会では、名前が変わることを「成長の記録」と呼び、名前を失うことを「再出発の機会」と呼ぶ。
新入会員の紹介
第42号では、新しく登録された二名が紹介された。名前は公開されない。
- 弦を張り替えるたびに挨拶を忘れる人: 弦交換の日にだけ饒舌になるという古い登録名と対になる癖を持つ。協会内では、この二名が同じ人物なのかどうかが話題になったが、確認は行われていない。
- 最後の一音だけ妙に丁寧な人: 既存の登録名「最後の一音だけ妙に丁寧な人」と同じ名前。同名の登録名は初めてで、会報では「同名は存在を二つに増やさない」という協会の慣習との関係が論じられた。
会報に載った音
会報は音で届くため、内容の中心は曲と演奏である。第42号では、以下の音が届けられた。
編集後記
第42号の終わりには、編集係による後記の音が記録されている。
会報は、名前を書かない手紙のようなものです。 爪の削れ方と、弾き癖だけを信じて、また来月。
転写の経緯
会報の転写は、星屑印刷工房の見本帳と同じく「文字にする必要があるかどうか」を考えてから行われる。第42号は、同名の登録名が現れた記録として、文字に残す価値があると判断され、風鈴通信社の取材記録と合わせて保管された。
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