近現代マリオ史 つるっぺっじ撲滅集団最終解散協定

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近現代マリオ史 つるっぺっじ撲滅集団最終解散協定

概要

つるっぺっじ撲滅集団最終解散協定(つるっぺっじぼくめつしゅうだんさいしゅうかいさんきょうてい)は、星環841年3月に結ばれた協定である。つるっぺっじ撲滅集団の法的実体を解散し、同集団が保有してきた紙面原稿、連絡網、資金残余、記憶コイン保管分を、統一世界政府_境界復興庁の監理下で星環836年記憶コイン公開市場および共同記録館へ移管することを定めた。近現代マリオ史の終わりにおける組織的基準の達成とみなされる。

解散は、外部からの強制ではなく、残留メンバーの合意による自主解散として記録される。第二次福岡戦争終結(星環821年)から約20年を経て、「対抗組織としての役割は境界憲章体制に引き継がれた」との総括が文書に残る。

背景

第二次福岡戦争後の活動停止

つるっぺっじ撲滅集団は、第二次福岡戦争(星環819年〜821年)の中心的勢力であったが、星環821年9月の終結以降、はっきりとした活動は確認されていない(つるっぺっじ撲滅集団の記述による)。星環822年以降は、いまっちIMAPON世代が旧体制の方法を引き継ぎつつ、新しい組織形態を模索した。

第四次福岡戦争・金澤の闘を経て

星環829年〜831年の第四次福岡戦争では、組織としてのつるっぺっじ撲滅集団の参戦は確認されておらず、その役割は統一世界政府_境界復興庁マリオ連邦_軍事に引き継がれていた。星環834年〜836年の金澤の闘でも、同集団としての行動はなく、金澤派(ダイアモンドI)が別主体として活動した。

この間に、旧メンバーの一部はあわらの旅路共同記録館の整理作業、星環828年から832年の復興計画への立ち会いに関わっていたとされる。組織としての再結集の機運は既に失われていた。

あわらの死と解散機運

星環840年代前半のあわらの死(説)が伝わる頃、旧メンバー間で「名称と実体をこのまま残すことが、余白の保全を妨げる」という議論が生じた。特に、あわらが最後まで「誰も座らない座」を残す形を選んだことが、組織の座をも空にするという発想に繋がった(説)。この議論が、最終解散協定の直接の契機となった。

協定の内容

協定文は、共同記録館に「つるっぺっじ撲滅集団文書束」として収蔵されている。原文は公開されておらず、目録と要約が公開されている。

前文

我らは、星環815年1月15日に週刊ネットニュースとして発足し、星環818年7月1日につるっぺっじ撲滅集団と改名した経緯を、対立の記憶ではなく記録の起点として保全する。いま、境界憲章金澤の闇回復協定の二つの協定が、未詳の保全と記録の返還を両立させる道を示したことにより、対抗という形態を解く。

本則(要約)

  1. 解散: つるっぺっじ撲滅集団の法的実体を、星環841年3月31日をもって解散する。
  2. 資産移管: 保有する紙面原稿・投書・訂正票は共同記録館へ、記憶コイン保管分は星環836年記憶コイン公開市場附属台帳へ、資金残余は統一世界政府_境界復興庁の白紙帯管理基金へ移管する。
  3. 名称の扱い: 「つるっぺっじ撲滅集団」の名称は、今後新たな組織に流用せず、歴史時代名としてのみ用いる。近現代マリオ史_戦後の名称論争で論じられた「名称を消すのではなく歴史区分として残す」方針に準拠。
  4. 連絡網の停止: 組織の連絡網は停止するが、個人の連絡は妨げない。個人名はIMAPON_発信統制の原則に従い、伏せる権利を保障する。
  5. 未詳の保全: 移管資料のうち、帰属が確定しないものは「闇のまま保全」として、推測で埋めずに保管する。金澤の闇の処理に倣う。

附則

  • 調印者は氏名を伏せ、番号と「旧つるっぺっじ撲滅集団員」の肩書きのみで記された。人数は7名とされるが、詳細は未詳。
  • 調印場所は「金澤自治区の誰も座らない座の前」と記録される(説)。これはあわらの死の三つの伝承のうち「座を空にしたあわら」に対応すると解釈される。

史料批判

協定文の原本は非公開であり、目録と要約のみが公開されている。これは近現代マリオ史_史料批判と複数説の「同時代紙面は立場から自由でない」という指摘に従い、原本の公開が関係者の私的経歴に影響する可能性があるためとされる(説)。

また、調印者名が伏せられていることから、誰が最後まで残留していたかは未詳である。でこぽんファイナンスKURUら創設期の人物が関与したかは、いずれも確定していない。創設者の関与を断定しないことが、協定の精神(個人に歴史を集約しない)に合致すると解釈される。

影響

組織的終焉

本協定により、週刊ネットニュースから続いた近現代マリオ系の直接の組織的実体は消滅した。以後の活動は、IMAPONマリオカノン_解散後同盟マリオカノン_UNOFFICIAL髭男DISMなど、IMAPON系譜へ継承された。

共同記録館収蔵基準の先例

資産移管の際に採用された「闇のまま保全と返還の分離」は、共同記録館_草稿保管庫の収蔵ルールの先例となった。特に「帰属が確定しない資料を推測で埋めずに保管する」原則は、金澤の闘の処理と並んで参照される。

呼称停止への布石

本協定の第3条(名称は歴史時代名としてのみ用いる)は、星環843年の呼称停止合意の直接の前文となった。

関連項目

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