波紋印刷所
波紋印刷所は、水面に広がる波紋を版にして、手紙やポスターを刷る印刷所。
職人は一滴の水を落とし、最初の円が消える前に模様を写し取る。同じ版は二度と作れないため、印刷物にはそれぞれ小さな揺れが残る。注文のとき、言葉で詳しく説明するのではなく、波紋の大きさと、水に落とす方角だけを伝えればよい。
時間の植木鉢の葉を漉き込んだ便せんは、待っていた人への手紙に好まれる。乾くまでの時間も作品の一部なので、急ぎ便は扱わない。青で刷った便は、読む人のその日の気分がわずかに色を変えるといわれる。
特別な注文のときは、ひと晩ためた雨の水で一枚だけ刷ることが許される。その一枚は、乾いても波紋の余韻がずっと動いているような仕上がりになる。床には失敗した波紋を逃がすための浅い水路があり、水はそこで静かに次の版を待つ。
記録
- インクは青、灰、夜明け色の三種類だけ。
- 印刷所の床には、失敗した波紋を逃がすための浅い水路がある。
- 波紋の数は、紙一枚のあいだに起きた感情の数とされる。
- 刷り上がった便せんの端の一番外は、届く相手の息遣いで丸まる。
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