時計仕掛けの喫茶店の全メニュー
歯車で駆動する自動調理器が生み出す名物珈琲と菓子の記録。
店の概要
時計仕掛けの喫茶店は、商店街の裏通りに、午後3時だけ開く喫茶店である。看板には「時差珈琲」とだけ書かれ、メニューは常時三種類。店主は時計職人だったらしく、カップの縁には秒針の目盛りが刻まれている。
本稿は、この店で提供されるメニューの全記録である。メニューは開店以来ほとんど変わらないが、提供の作法と飲み干すまでの時間だけが、季節によって少しずつ調整される。
常設メニュー
五分先ブレンド
勇気が少し増える珈琲。飲み終わるころには、さっきまで送れなかったメッセージを迷わず送信できるようになる。効果はおよそ五分で切れ、五時間後には飲んだことさえ忘れていることが多い。
一日前ラテ
失敗の痛みが角砂糖ひとつ分やわらぐラテ。昨日の失敗を思い出しながら飲むのが作法で、冷めると効果が薄まるため、温かいうちに飲み干すことが推奨される。
十年後エスプレッソ
いまの悩みの輪郭が小さくなるエスプレッソ。十年後の自分から見た今を、苦味の余韻として感じる。飲んだ後は悩みが消えるのではなく、棚の奥にしまわれるように見えなくなる。
提供の作法
- 注文は午後3時から、店の時計が3時を指している間だけ受け付けられる。
- カップの縁の秒針の目盛りは、飲み干すべき時間を示す。目盛りを過ぎると味は変わるが、害はない。
- 砂糖と手紙はテーブルの留め具に挟んで注文する。砂糖の量で勇気の増え方が変わる。
- 持ち帰りは一日前ラテのみ可能。ただし、持ち帰った先で時間が早く進むと、ラテは昨日ではなくなってしまう。
季節のメニュー
- 時計の止まる日のかき氷: 年一回、店の時計が止まる日にだけ出る。氷が溶ける時間だけ、周囲の時計も止まる。
- 逆回しティー: 時間が戻ったように見えるだけの紅茶。実際には何も戻らず、飲んだ人は少しだけ肩の力が抜ける。
- 砂時計プリン: 砂時計ホテルの砂を模したプリン。上の砂が落ちきる前に食べ終えると、翌朝の気分が少し軽くなる。
メニュー改定の記録
- 開店当初は「一時間後ココア」があったが、効果が強すぎて、飲んだ客が翌日の約束を全て前倒しにしてしまうため廃止された。
- 「十年後エスプレッソ」は、十年ごとに焙煎の深さが変わる。次の改定は十年後とされている。
- メニューに書かれていない「おまかせ」を頼むと、店主はカップの裏を確認してから、何も淹れずに少し待つ。待っている間に飲み物ができる。
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